週報 2026-05-23 新しいレンズ、パンとケーキの境目

最近富士フイルムのカメラを買ったので外に出ては写真を撮りまくっているのだが、新しいレンズが欲しくなった。 カメラを買った時についてきたのはズームレンズというやつで、レンズの胴を回すことで焦点距離、ひいては画角を変えることができる。 スマホのカメラと同じ広角から、標準と呼ばれる広角より少し狭い画角をカバーしている。 せっかくちゃんとしたカメラがあってレンズを変えられるのだから、スマホカメラよりもちょっと狭めの画角でシュッとした構図の写真を撮れると楽しそうだ。 というわけで、そのズームレンズの一番狭い画角よりもさらに画角の狭いレンズを買った。

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このレンズは単焦点レンズというもので、画角の大きさが固定されている。 画角を変えられないというのは不便な部分もあるのだが、レンズの胴をグリグリ回して画角を決める手間がないぶん逆に楽ではある。 実用的にもこちらのレンズのほうがより背景をぼかすことができるなどといった特徴があるのだが、カメラブログではないのでそのあたりはインターネットに転がっている解説記事を見るかAIさんに聞いてほしい。

平日に届いたのだが、その日はそそくさと仕事を済ませて新しいレンズで写真を撮ってみた。 ズームレンズは自分で動かずとも画角を調整できるのだが、単焦点レンズは画角が固定されているので、被写体が写真に占める大きさを変えたければ自分が動く必要がある。 このあたりは道具を使っているという感覚とともに、大袈裟にいうと体を使って撮っているという感覚がある。 これはアジサイの写真。 これだと分かりにくいが、風景などを撮ると画角の違いがよくわかる*1。 しばらくはこのレンズでいろいろと撮っていきたい。

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近所のパン屋さんの柑橘のデニッシュタルト的なやつがおいしかった。 柑橘とパンって合わせていいんだという驚きがある。 とはいえパンというよりはケーキに近い(タルトっぽい)のでそれはそうという感じでもある。 パンとケーキの境目ってなんなんだろう。

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コミュニケーションにおける主観の不在に関する話。

blog.3qe.us

「自分はどう思う・こうしたい」を巧妙に偽装し、一般論としてはこうですねという建て付けで自分の責任を糊塗することである。すなわち、(中略)それは間接的に、責任の所在を相手に押し付ける姑息なレトリックになってしまう

心当たりがありすぎる。 読んでいるだけで胃が痛くなってきた。

たまに無難な回答をしようとしてこういう言動をしてしまうことがあるのだが、あまりこういう反応ばかりしているとコミュニケーションとして興醒めになってしまう場合があるので注意したほうがいいかもしれない。 今まで受けてきた教育や仕事の環境からして、自分の意見や考えを表明するときについ客観的であろうとしてしまうが、生活の小さくない割合においては主観的であることも重要である。 というか、客観的であるべき場面なんて実はあまりなかったりするかもしれない。

*1:近所の公園に行ったのであまりここに出せる写真がない

週報 2026-05-16 フレジェ、とどろき、イップス

フランスではショートケーキをフレジェと呼ぶらしい。 クリームの代わりにバターとカスタードクリームを合わせたものを使うので、しっかりとした味わいになるのだそうだ。 この日は休みにもかかわらず、朝早くからこのフレジェを食べにあるスイーツ店に行った。 厳密にはフレジェを食べに行ったわけではないのだが、ピスタチオのフレジェというものがメニューにあったので、フレジェが何かも分からずにとりあえず頼んでしまった。 イタリアに行って以来、ピスタチオやピスタチオ味のものを見つけては食べるということをしているのだが、うまく行ったりいかなかったりしている。 果たしてこのフレジェはどうだろうかと食べてみると、ピスタチオの味がものすごく強かった。 こんな言い方をするとイタリアかぶれみたいだが、日本でこんなにピスタチオの味を強く感じられることはそう多くないと思う。 一緒にメインを張っているいちごも甘味が強くてよかった。 クリームも別に重さやくどさがなく、全体的にまとまっている感じがする。 普通のケーキの2倍くらいのサイズ感なのだが、飽きずに食べることができた。

ピスタチオのフレジェ。この日はせっかくカメラを持ってきていたのに、写ルンですのレンズをはめていたのでテーブルの上のものにピントが合わなかった。これはやむを得ずスマホで撮った写真

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そのあと等々力渓谷に行った。 東京で唯一の渓谷らしい。 西の方に行けばひとつやふたつありそうなものだが、意外とそうでもないらしい。 この日はおそらく30℃弱あり、いよいよ春が終わって夏が来てしまったことに絶望していたのだが、入り口の階段を降りて渓谷に入ると木々に囲まれているためかスッと涼しくなる。 渓谷には当然川が流れていてその横を歩いていくのだが、けっこう道が狭いのですれ違おうとすると落ちそうで怖い。 柵をつけても良さそうなものだが意外とついていない。 景観を気にしてのことだろうか。 川の水があまりにもすんでいて、アメンボはいるものの魚が一匹も見られない。 江戸時代の歌に「白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき」というものがあるが、あれは等々力渓谷に着想を得たものだったのかもしれない。

いい色
澄みまくりの川

川に沿って1kmも歩かないうちに果てに着いてしまったようで、そこには等々力不動尊というお寺があった。 護摩供という護摩木をお焚き上げする行事をやっており、無料で自由に参加して良いとのことだったのでお堂に入ってみた。 法事で使うような蛇腹折りの経本を持って般若心経と真言を唱えた。 般若心経は仏教におけるキラーチューンなのでさすがに何度か唱えたこともあり馴染み深いが、真言のほうはというと完全に初めましてであった。 短いお経がひらがなで書かれており、それを三周くらいする。 結局他のお経にしたってサンスクリット語の発音をなぞるように漢字を当てているだけなのでひらがなでもいいのだろうが*1、新鮮な感じがした。

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服を買いに行ったが何も買わずに帰ってきてしまった。 だんだんと暑くなってきたので夏服を買いたかったのだが、どの店にある服を見てもピンとこない。 春・秋・冬の服はなんというかときめきがあるのだが、夏服は今ひとつおもしろくない。 仕方がないのでユニクロでお茶を濁した。

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この動画をぼんやりみていると、読書は自分用の本を編集し直す作業だといった内容の話があり、うなずきっぱなしであった。

youtu.be

『本は眺めたり触ったりが楽しい』という本にも似たようなことが書いてある(P117)。

本を読むというのは、本の中身を、読んだじぶんの感想に合わせて、デフォルメすることなのかもしれない。中身を忘れても、あるいは間違って記憶しても、それはそれで立派な読書なのかもしれない。

たいていの人の記憶力はいい加減なものなので、本を読んでも全ての内容を覚えていられず各々断片的で少しずつ違った記憶の仕方になる。 読書メモを取ったとしても、メモの整理の仕方や内容の抜き出し方は読んだ人ごとに違う。 そういった記憶の残り方や内容の切り出し方には、その人の考えや経験が少なからず反映される。

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*1:かなり適当なことを言っているので、違うかもしれない

週報 2026-05-09 バラの季節、読書用カフェ、破壊は所有

この日も絶好の散歩びよりだったので、例によってカメラを持って出かけた。 旧古河庭園というところに行った。 レンガ造りの立派な洋館があるのだが、この日の目当ては見頃を迎えていたバラだった。 それなりに人も来ており、カメラを抱えた人も何人か見られた。 色とりどりのバラが咲いており、ひとつひとつ品種が違うようだったが名前は何も覚えていない。 きれいだったなぁという記憶だけがある。

写真を撮るのに集中すると撮っている対象そのものを見ることに意識が向かなくなるときがあると思う。 色と形、光だけに集中して写真を撮ることはできてしまうので、そういえばバラを撮ってたんだった、みたいなことに気づく瞬間があったりする。 何を撮っているのかを意識しないと写真としておもしろくなくなる......場合もあるかもしれない。

閉園時間の1時間弱前に行ったのでそのまま閉園時間までいた。 閉園時間になると係の人たちが閉園するので出て行くようにアナウンスしているのだが、順路のようなものがあるわけではないので、来園者たちはずっと滞留していて一向に全員が捌ける気配がない。 結局最後まで粘りはしなかったが、1時間くらい居座る人もいるんじゃないだろうか。

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高円寺に行った。 「アール座読書館」に入ったのだが満席だったので、電話番号を書き残して一旦周りをうろうろすることにした。 メインストリートっぽいところをずんずん進んでいると、面白そうな雑貨屋さんがあった。 食器やら小物やらが並んでいるのだが、ふと扇子が目に止まった。 おそらく中古らしいがそこまでくたびれておらず、値段も手頃だったのでつい買ってしまった。 扇子はすでに持っているのだが、出勤用と休日用の2本があってもいいという理屈をつけて正当化した。

しばらくすると「アール座読書館」の店員さんから電話がかかってきて、席が空いたからどうぞと言われたので、店に戻った。 各席に学習机くらいのサイズの机があり、この日来ていたお客さんはみんな1人で座っていた。 スペースの使い方がすごく贅沢でいいと思う。 この日は外を歩くと若干暑かったので、アイスオレとブラウニーを頼んだ。 ねっとりしたブラウニーをコーヒーが流し込んでくれる。 よいコンビである。 こういうカフェには高圧的で息苦しいルールがあるという偏見があるのだが、このカフェはそんなことはなく、みんな自発的に静かにしていた。 とても過ごしやすく長居をしても良さそうな雰囲気だったので、積読消化にちょうどよかった。

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『さみしくてごめん』という本がよかった。

パンクとかロック精神とかじゃなくて、なんというか、破壊って所有なんだよなあ。

著者が中学生のころにスケジュール帳を買ったものの、大事すぎて使えずにいたところ、針で表紙を引っ掻いてみたら、喪失感とともにこれをもう壊さずに済むという安堵感を覚えた、という話。 新品すぎると汚したり壊したりしないように扱うので所有感がないが、少し傷がついたり使用感が出てくると、ようやく身近なものになったという実感が湧くというのはよくある話だと思う。 最近買ったカメラも丁寧に使っているので、まだ所有しているというよりは借りてきたような感じがありよそよそしさが拭えない。 これがもっと頑丈なものなら一回地面に落としてみるといいのかもしれないが、カメラの場合はそうはいかない。 健全な手法としては経年劣化による使用感が出ることを祈るというのがある。 しばらく時間がかかりそうである。

もうひとつ引用する。

ひとりで自ら「考える」ということなどあるのだろうか

ふだんあまりものを「考えている」という実感がなく、降ってきたものに対処しているというような感覚があるので、この一文が印象的だった。 ひとりでぼんやりしていても思考をしていないので、大しておもしろいアイデアや問いは出てこない。 人と会って話したり、本を読んだりしてようやくなにかを「考える」ことができる。 「考える」ために人と会ったり本を読むという姿勢がいいのかもしれない。

www.daiwashobo.co.jp

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英語を話す必要がある飲み会に出たのだが、そもそも話題を把握するのが難しいという問題があった。 リスニングがうまくいかなかったり背景知識が不足していたりすると簡単に話題に置いていかれてしまう。 2人で話しているならいちいち会話を止めて聞き返してもいいのだが、4〜5人とかになると会話のリズムを乱すまいとして止めあぐねてしまう。 結果的に、聞き取れない話題のときは話者の交代を追うだけの人になり、聞き取れる話題が来ると急に喋り出す人にならざるを得なくなる。 まぁ日本語で話しているときも、コメントに困る話題ではよくわからない顔をして佇んでいるのでそれと似たようなものではある。

週報 2026-04-25 カメラデビュー、善いカフェ、飲みまくり

最近思い立ってカメラを買ったので、外に出て写真を撮りまくることにした。 ようやく花粉の季節も終わり、寒さも和らいできた。 一年に何度あるかという散歩日和である。

なんとなく電車に乗って恵比寿に行ってみた。 適当に歩いていると有栖川宮記念公園についた。 人はたくさん来ているようなのだが、公園自体がそれなりに広いのであまり混んでいるように感じなかった。 まだカメラを買ったばかりでいまいち操作がおぼつかないながら、いろいろと撮ってみた。

そのあとも引き続き歩き続けた。 途中でカフェに入って休憩しようと思った。 こういうとき、わざわざ行くのだからチェーン店ではないちょっといいところに行きたくなる。 しかしめぼしいお店が現金オンリーで、財布を置いてきてしまったため、泣く泣くカフェに入らず歩き通した。 結局東京駅まで行ってしまった。 この日の歩数は2万歩だった。 よく歩いた。

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次の日もお散歩日和だったのでまた外に出た。 今日は上野からスタートした。

しばらく歩いて、蔵前にある「蕪木」というカフェに入った*1。 コーヒーと、甘く煮たイチゴを添えたピスタチオのアイスを頼んだ。 少し値段は高めだが、どちらもおいしかった。 昼間でも店内は少し暗めだった。 あんまり明るいとリラックスできないので、ある程度暗いほうがいい。 店員さんが黒く楚々とした制服を着ており、それもまたお店の空気感をよく演出していたと思う。 カウンターの席数のほうが多く、半分以上が一人客だった。 誰かと来てしゃべるというよりは、一人で来てぼーっとしたり本を読んだりするのに向いている空間だった。 ワインも提供しているようで、次はそちらを頼んでもいいかもしれない。 コーヒーは時間が経つと冷めてしまうので。

カフェの外装。ぼーっと歩いているとカフェがあるとは気づかない

その後も歩き続けた。 隅田川を歩いていたのだが、川越しにスカイツリーやその横を走る高速道路を写真に収めるのが楽しかった。

途中でお腹が減ったのでバーガーキングに行った。 700円でワッパーJrとポテトとコーラが出てくるのだが、肉もポテトもマクドより好きなので、こっちのほうがいいかもしれない。 店舗数が少ないところだけがネックだが、最近はどんどん増えているようなので頑張ってほしい。

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また別の日。 高島屋の催事でお酒を飲んだ。 いろんなお店が各々のスペースでお酒を提供しており、入り口で買える1枚500円くらいのチケットを何枚か出すとお酒と引き換えてくれるという、たまによく見るシステムだった。 ハンガリーのお酒を飲んだ。 名前は忘れてしまったのだが、ジンではないのにジンみたいな味がするお酒だったと思う。 一緒に行った友人は、パーリンカという果物の蒸留酒の飲み比べセットを飲んでいた。 一口飲ませてもらったのだが、少し飲んだだけで喉がカーッとするくらい度数が強いのに、友人はそれを水のように飲むので驚いた。 度数は強いものの果実の香りが非常に強く、いままでに飲んだことのないお酒だった。 なんでもイチゴを10kgだか20kgだか使ってようやく一瓶が完成するらしい。 そのため、イチゴの風味がするなどといった生半可なものではなく、イチゴそのもの、あるいはイチゴよりもイチゴを感じることができる。

それからイタリアンを食べに行った。 その店は少し面白くて、ワインの瓶を地下室から自分で取ってきてそれを飲むことができるのだ。 というわけでワインの瓶を開けて飲みまくった。 料理の方はというと炭火焼きを売りにしているようで、野菜やら魚やらを食べた。 ここに来る前にすでに飲酒していたし、そもそも花粉症の症状を抑えるためにしばらく禁酒していたので、いつも以上に酔ったと思う。 たまにこうして飲みすぎて次の日もしんどいということがあるのだが、まぁそんなことを気にしていても仕方ないのであまり反省はしないようにしている。

*1:この日は財布を持ってきていたが、このカフェは普通にスマホで支払えた。教訓を生かそうとしたが空振り

週報 2026-04-11 盲点の趣味、初ライブ

友人と会って話していたのだが、最近は茶道をやっているらしい。 若い成人男性で茶道をやっているというのはあまり聞いたことがない。 なんというか盲点であり、その手があったかという感じがした。 人にどう見られるかという観点で趣味を選ぶべきではないのだが、こういうカリスマっぽい趣味には少し憧れてしまう。

夜は軽くピザを食べた。 無難にマルゲリータを食べた。 すごくおいしい。 ピザを食べるときはついマルゲリータを頼んでしまうのだが、たいていおいしいのであまり後悔することがないのでいつもそうしてしまう。 日本にあるイタリアンは本場に負けず劣らずおいしく、特にピザがおいしいような気がする。

そのあと適当に散歩をしていたら表参道に出た。 初めて来たのだが、確かに洗練された雰囲気がある。 しばらく歩いていると気づいたのだが、建物と並木の高さがだいたい揃っており、それがこのハイソな感じを醸し出しているのだろうかなどと話していた。 あとで調べてみると確かにそういう都市計画があるらしい。 出る杭を打って揃えてやると美しくなる場合があるようだ。

🍵🍵🍵

人生で初めてライブに行った。 少し前に友人と車に乗っているときに彼が Laura day romance というバンドの曲を流していたのだが、そこからお互いそのバンドが好きということが分かりライブに行くことになった。 Laura day romance はロックというには落ち着いていて、穏やかな曲が多い。 Wikipedia によるとオルタナティブ・ロックというジャンルに分類されるらしい。

会場はどちらかというとオーケストラとかをやっていそうな雰囲気の場所で、バンドのライブにしてはちょっと珍しそうな感じがした。 さてライブが始まったのだが、正直自分はいくつかの曲を日常的に聞いてはいるもののメジャーな曲しか知らず、半分以上の曲は知らない曲だった。 しかしライブで聴いてみるとちょっと聴いたことがある程度の曲でも「この曲なかなかいいのでは?」となり、帰ってから数曲プレイリストに追加することになった。

はじめはドラムなどがズンズンお腹に響く感じが慣れなかったが、聴いているうちに体全体で音楽を感じてノることができて楽しかった。 惜しむらくは、広さの割に音がデカいために、ボーカルの声よりも楽器の方が音が大きかったり声が割れたりしている場面があった。 せっかく独特のよい声をしているのにもったいない。 それでもときどき音量のバランスがいい場面があり、そこでは歌をしっかり味わえたのでよかった。

総合的にはよい体験で、また行きたいなと思えた。 これまでは特定のアーティストの曲を聴くというよりは曲自体が好きでいろいろ聴くという感じだったので、あまりライブに行こうとはならなかった。 しかし実際にライブに行ってみたところ、それが新しい曲やボーカルの人がやっているポッドキャストを聴いてみるきっかけになった。 モチベーションの向かないことでもやってみると案外ハマることもあるのだということを思い出すいい機会だったと思う。

このバンドで一番好きな曲。アンコールで流れて嬉しかった。 open.spotify.com

ライブで聴いてからいいなとなった曲。 open.spotify.com

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『岸辺露伴は動かない』の3巻が出ていたので読んだ。 コロナの時期に書かれた作品が入っており、ジョジョの世界でも感染が広がっていたらしい。 マスクをつけた岸辺露伴が「原稿が…!マスクのせいだッ…!こんなのいつまでするんだよ!酸素が脳にいかずにバカになるぞ!」と言うのだが、彼がすごく言いそうなセリフでよかった。 ジョジョはときどき、作者が思っているであろうことをキャラが代弁するのでおもしろい*1

www.shueisha.co.jp

*1:康一くんが電気コンロに対して「何!この不便なモノ!こんなのでオイシイ料理ができるのか!?」と言うくだりとか

週報 2026-04-04 謎のこだわり、わざわざ読むほどの文章

土曜日は昼からもんじゃを食べに行った。 やっぱりもんじゃといえば月島だ。 埋立地なだけあっていたるところ平らだった。 散歩しやすくていいと思う。

店に入って注文するともんじゃの具が運ばれてきた。 初心者しかいなかったので、最初だけ焼いてもらってやり方を覚えた。 特にテクニックが必要ないので、慣れればお好み焼きよりも作りやすい気がする。 2、3種類食べたがどれもおいしく、特に明太子のやつがベタだけど一番よかった。

それからもう一軒居酒屋に入ってから銭湯に行った。 東京は銭湯の文化が残っており家の近くにも何軒かあるのだが、実際に入ったのは初めてだった。 湯船に浸かってしゃべりながらゆっくりするのももちろん楽しいんだけど、やはり温泉や銭湯の醍醐味は上がった後に飲む牛乳だと思う。 夕方以降はカフェインを取らないようにしているので、今回はいちごミルクを飲んだ。 普段はあまり選ばないが、これはこれでおいしい。

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散歩しているとたまたま神田川にたどり着いた。 川の両岸に枝垂れ桜がずらりと並んでおり、ちょうど散り始めたであろうタイミングだった。 ときどきこういう想定外の出会いがあるので散歩は楽しい。

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今まで AI としゃべるときに英語を使っていたが、最近は普通に日本語を使っている。 なんとなく英語の方が精度が良さそうとか、ターミナルでは日本語入力がしにくいというイメージがあったからだ。 ところが実際に使ってみると、当たり前だが問題なく使えるし、精度も問題ない。 ずっと日本語でいいかもなとは思いつつ、謎のこだわりで英語を使い続けていたわけだが、他にもこういうふうに損していることがあるような気がする。

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『わざわざ書くほどのことだ』というエッセイがおもしろかった。 筆者自体に物珍しいバックグラウンドがあるわけではなく、基本的には日常や思い出の話が展開されている。 登場する人物や動物(ウサギが出てくる)の特徴づけがうまく、読み進めていくうちに彼らへの親近感が湧いてくる。

そして何より文章がうまい。 起こった出来事だけを見るとわざわざ書くほどのことではないかもしれないが、この人の文章がそれをわざわざ書くほどのことに仕立て上げており、わざわざ読むほどの文章になっている。 エッセイや随筆というのはうまい文章を楽しむために存在している...というと過言だがそういう部分が少なからずあると思う。

https://www.amazon.co.jp/dp/4575320161

週報 2026-03-28 花見、夜間照明、事実は小説ほど奇ならず

大学の先輩と久しぶりに会って飲みに行った。 一年ぶりにあったので近況報告だけでも十分盛り上がった。 人間関係というのは放っておくと腐ってしまうので、ときどき思い出したように耕してやる必要があるなという思いを新たにした。

昼から飲んだのだが、休みの日は昼飲みがちょうどいいと思う。 早い時間から活動できるし、アルコールが睡眠にあまり影響しない気がする。 とはいえ、この日はあまり飲まなかった。 花粉症の症状を抑えるために禁酒していて、少し飲み慣れない感があった。

そのあとノリで新宿御苑に桜を見に行った。 混んではいたものの、人まみれで歩けないなどということはなく、ちゃんと見頃の桜を楽しむことができた。 しばらく花粉を避けて引きこもっていたのだが、ポカポカ陽気の中久しぶりに散歩ができてよかった。 カメラを久々に使えたのも嬉しい。

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『フォレスト・ガンプ』を見た。 昔 BS かなにかでチラッと見たような気がするのだが、フルで見たことはなかったので見てみた。 見終わった後に ChatGPT と議論をしてみた。 さすがに有名映画なのでいろんな記事からネタバレを学習しているのか、完全に内容を覚えているふうな返答をしてくるため、おかげでいい感じの議論ができた。

「運命か、それとも風に漂っているだけか。たぶん両方だ。」これをあなたの言葉で言い換えると、世界は決まっているかもしれないが、我々にはそう見えない。だから我々は選んでいるように生きるしかないということになる

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Switchbot のフロアライトを買ってみた。 縦に細長い LED のライトで、アプリから調光ができる。 アニメーションがつけられたり1600万色に光るのだが、もっぱら夜寝る前の間接照明として使っている。 21時になるとタイマーで決まった色に点灯するようにしており、それが点いたらシーリングライトを消すようにしている。 部屋全体としては暗いが手元ははっきり見える程度には明るくなるので、これから寝るのだということを体に気づかせるのにいいような気がする。 ネットサーフィンをしていると大抵の Web ページは画面が白いので若干眩しいが、文章を書いたり AI としゃべったりしているときはダークモードのアプリを使っているのでちょうどいい感じになる。

毎月月初にセールをしているようなのでそのタイミングで買うのが良さそう。 おすすめ。

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『パルプ・フィクション』を見た。 いくつかのストーリーがオムニバス形式で進むようになっている。 それぞれのストーリーは、雑にいうと日常系である。 話の内容としてはそこまでおもしろくないのに俳優の振る舞いや会話、間がおもしろく、不思議な映画だった。

「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるが、この映画は小説ほど奇ではない出来事を描いている。 たいていの映画には起承転結があり、非日常的な設定やドラマティックな展開のあるものも多い。 この映画はその逆を行っているような気がして、個人的には新鮮だった。

そんな世の中に、なんて言葉を当てられるか考えたら「パルプ・フィクション(安っぽい小説)」くらいが丁度良いのかもしれないなと思う。この脚本は"世の中"そのものなんだよな、とわたしは思い、そのくだらなさに救われる瞬間が幾度となく訪れるのである

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